催眠療法は現実を変える

催眠療法(ヒプノセラピー)とは

催眠療法(ヒプノセラピー)を求めて、
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→ はじめに

さて、あなたが催眠療法に求めているものとは、いったい何でしょうか?
でも、その前に、催眠療法とは、そもそも何なのでしょうか?

また、あなたはヒプノセラピーという言葉も聞いたことがあるかもしれませんね。この「ヒプノセラピー」と「催眠療法」とは実は同じ事を指す言葉です。 ヒプノセラピーは別に退行催眠や前世療法を指す言葉というわけではありません。

催眠療法とは一言で言えば、
あなたの潜在意識に作用して、
あなたが望む現実を顕在化、顕現させる療法なのです。

ですが、これに留まるものではありません。

手短に言ってしまえば、こんな簡単な文章に要約されるわけですが、これは少々捉えどころのない話に聞こえたかもしれません。

今、「上記に留まるものではない」と言いましたが、実生活の上ではまずは、困ってる現実的な問題を解決しないことには、何かそれ以上のことを行うということも無理というものです。 ですので、例えば夢を追うより先に現実問題を解決させるのが順番としては先です。

例えばパニック障害とかで電車に乗れなくなって困ってる方ならば、たとえそれとは関係ないところに何か本来の望みがあったとしても、まずは、以前のように普通に電車に乗れる状態を取り戻すことが第一です。 催眠療法はこうした不調和を健全な状態に戻すことにも、とりわけ長けた療法です。

さてここで、きっと、あなたは、潜在意識に作用して、あなたが望む現実を顕在化、顕現、とはどういうことなのか、今はまだ漠然としていて、良くは掴めてはいないことと思います。 あるいは、思っていたのとは何か違うと感じたかもしれません。

でも、このサイトを読み進めるにつれて、その輪郭は次第次第に少しづつ、明確になってくるでしょう。 今すぐにはわかりません。

もちろんこれは、何かぶっ飛んだ話にでもなるということではありませんが、
あなたのこれまでの常識を超えた話になるかもしれませんので、まず分かりやすい話から入って行くことにします。 今ちょっとだるい話になることをご勘弁ください。

変えられるのは他人ではなく、自分

まず、話を始める前に、念のため、確認しておかなければならないことがあります。 それは先ほど、「あなたが望む現実を顕在化、顕現させる」と申しましたが、これは決して、他人の現実があなたが望む通りに変わってくれる、という意味ではありません。

具体的に一例を述べますとたとえば、あなたが今、会社などで人間関係を良くしたいと思っているとします。そして、あの人の言動や行動が何とも気に入らないので、もっと自分に都合の良いようにその人に変わってもらいたい、とか、上司にもっとマイルドになってもらいたい、とか、部下にちゃんと指示に従ってもらいたい、とか思っているとします。

こういう時、あなたはもしかすると、自分がどこかの催眠療法を受ければ、その人、あなたが問題視しているその人の言動や行動などが変わってくれて、自分の望む現実が顕現される、とひょっとしたら思っているかもしれません。

ですが、そういうことではないのです、「望む現実を顕在化」と言ったのは。

催眠療法で直接他人を変えることはできません。 あなたが自分の虫歯の治療をしたからといって、会社の嫌な上司に歯痛が起きたり、その人の虫歯が治ったりする道理がないのと同じです。

催眠療法は、誰か他の人に作用するものではありません。 催眠療法は受けている当人に作用するものです。

また、受け手が望んでもいないことが顕現することもありません。

ですので、仮にあなたが、例えば家族の誰かに変わってもらいたいからといって、その方に催眠療法を受けさせれば、「あなた」が望むようにその方が変わってくれる、なんていうことが起きるわけではありません。 あくまで、その方もそれを望んでいる必要があるのです。 催眠療法は呪術ではないのですから。

当然のことですが、あなたが催眠療法を受けても、作用するのはあなたにだけです、(直接的には)。

もちろん、あなたにその意思がある場合のみですが。 ただ、その意思といっても、堅い意志は必要ではありません

催眠療法は受ける方が望む意思を持っている必要はありますが、強い意志を持っている必要はありませんし、弱い意志を何らかの方法で強くするのが催眠療法というわけではありません。意志の強さ弱さは人それぞれかもしれませんが、人間が考える意志の強さ弱さは問題ではありません。 必要なのは意志というよりは意思です。

もっとも、こう言っても、別に意志の弱い人のほうが向いているなどということではありませんよ。

意志の力が弱くて何かを継続できないので、催眠療法を用いれば意志を強くすることが何故かできて、その結果としてこれまで思うように継続できなかったことが継続できるようになる、というようなものではありません。

ましてや、催眠療法を受ければ、知らないうちにいつの間にか、催眠が解けて終わってみると、気が付いてみると、まるで世界が変わったように、自分が理想とする望む通りの自分に生まれ変わって、すべての問題や悩みが自動的に解決している、などというものでもありません。

誰かの依存心を満たすのが催眠療法というわけではないのです。

また、その依存心を催眠療法によって解決できるというわけでもありません。 そういう方は、そもそも意思がないからです。 そうした方に催眠療法が作用する道理はありません。

催眠療法は依存心の強い人が受けるものだと思ってましたか??

催眠療法をタブー視する人たちがいるわけ

催眠療法というと世の中には、いわゆるタブー視する方々が多いものです。 それは実のところ彼らの無知から来ているに過ぎません。 ですがその一方で、その逆に催眠そのものにまったくおかしな過剰な期待をしている人達も実はいるものです。

催眠そのものが別にそのまま即、セラピーになるというわけではありません。 この点は既に分かり切ってる事だと思われてる方々も多いかもしれません。 催眠ショーなんかで腕が固くなって動かなくなったりすることが、そのままセラピーになるなんて思ってる方は、そうはいないでしょうから。

今ちょっと横道に入りますが、世の中には、そうした催眠ショーを凄いと思って、自分の問題もそうした手法、半ば操られるみたいなことで、改善できると錯覚されてる方々もいます。 ですが、言うまでもありませんが、催眠療法と言うものは、そうした作用のし方をするものではありません。

世の中には、以前から催眠療法は、深層ではこうした何か操られることで問題から逃避したい依存心の強い方の関心も惹いてるため、催眠療法は好ましくないと曲解されている節があるのです。

ひょっとしてあなたは、そうした作用はしないと聞いて今、がっかりされたでしょうか??

もしそうだとすると、あなたにはあなたに合ったところは、催眠療法とはどこか別のところにあるということになります。そもそも、催眠療法とは似ても似つかないものをあなたは求めていらっしゃるのかもしれませんし、催眠療法は何かを指導するようなものでもありませんので。

操られることで何かを改善したいという方は、自分の責任を放棄している方です。 自主性は何もなく、自分の人生を他に乗っ取らさせて、何でもかんでも人のせいにする人です。

よく世間には、催眠(療法)を受けることというのは、まるで新興宗教にでも逃げ走ることであるかのように、何か変なものに依存することのように思われてる人達が大勢います。

これはもちろん彼ら彼女らの大きな誤認ですし、何か勘違いにしか過ぎないわけですけれど、操られることで自分自身の事を改善したいと思われてる方に対してだけは、適切な見解ということも言えるでしょう。 (まっとうな)催眠療法は決してオカルトや宗教ではありません。

もっとも、きちんとした催眠療法ができてない施術所に関してはまた別の話ですが。 それはおいおい触れていくことにいたしましょう。

依存症の方はとかく、何もしないで、ただ黙って催眠療法を受けていれば、知らないうちに自分を取り巻く問題はいつの間にかすべて解決されていて夢のような人生になっている、なんて期待されがちですが、そんな馬鹿なことが起きる道理はありません。

また、そうした依存症を改善させるのが催眠療法でもありません。 ただ何もしないで黙っていれば、何もしないで依存症が解決されている、なんてこともありません。

依存症の方のわがままを叶えるのが催眠療法というわけではないのです。
ただ、こういうと、べつに依存症なんかでは決してない方のほうが、自分は依存症なのかもしれない、と余計な心配をする方がいますので、気にしない方が良いでしょう。

催眠療法を受ける準備

話を戻しますが、がっかりしなかったあなた、(催眠療法を)操られて作用する療法だとは思ってはいないあなた、
それでもまだあなたにも催眠療法を誤解してるところもあるかもしれません。 というのは、先のようなこと、つまり、催眠では人を操ることはできないということ、は、どんな(催眠療法と称している)施術所のホームページにも書かれているようなことだからです。

以上を踏まえておいていただければ実は、(当方で)催眠療法を受けるに当たっては別に催眠療法の知識も催眠の知識も、何の知識も全く必要ではありません。 ですので、早く受けたい方は、今申し込んで早く時間を確保しておいた方が良いかもしれません。申し込んでからでも話の続きは読めますので。 別にあなたが催眠や催眠療法に関していくら誤解があったとしても、それが理由で(当方では)催眠療法が受けられないとか作用しないということはありません。ご安心ください。

例えて言うならば、仮にあなたが歯が痛くて歯医者さんに診てもらいに行った場合、あなたは歯医者さんが具体的に何を見てどういう処置をするのか、前もって何一つ知識等なかったとしても、歯医者さんの行う治療としては、何一つ問題はないでしょう。 当方の催眠療法は医療行為ではありませんが、それと同様に、受ける側が何一つ催眠や催眠療法に関して知識がなくても、当然ですが、施術に何ら問題はありません。 むしろ下手な知識ならないほうが良いくらいです。

催眠療法を受けるのに特に前もって何の準備も要りません。 普段通りの状態で来ていただければ良いだけです。

催眠療法であなたの潜在意識に働きかけ、
あなたが望む現実を顕在化、顕現させます。

それでは、前置きはこれぐらいにして、いよいよ中身に入って行くことにしましょう。

催眠療法は心理療法の一種

さて、催眠療法は先ほども申しましたが、オカルトや宗教ではなく、心理カウンセリングや心理療法の一種です。 人を操ったりするような何か怪しいものではありません。 と申しますか、催眠で人を操ることは不可能です。

ところで、催眠療法が他の心理療法と顕著に著しく異なる点があります。それは、他の心理療法が通常の意識状態でセラピーを行うのに対して、催眠療法というのは、言うまでもありませんが、催眠状態で行うセラピーだという点です。この点が決定的に違うわけです。

人間、表面に現れている意識がその人の意識の全てというわけではありません。 もっというと、そういう意識を相手にしていても、どうにもならない問題があるということです。

人間の意識には大きく分けて、表面に現れて自分で自覚できる顕在意識と自分では自覚できない潜在意識があります。 潜在意識のことを無意識と言ったり、潜在意識を潜在意識と無意識に分けたりする場合もあるかもしれません。 いずれにしても、大きく分けて、意識には自覚できてる意識と自覚してない意識の2種類があります。

そして、潜在意識の領域の方が顕在意識のそれよりも、はるかに(1桁かそれ以上)広いと言われています。 催眠療法はそうした潜在意識に働きかけて味方につけることができる最たる療法ですが、他の心理療法では特別そうした術を持ち合わせているわけではありません。 この点だけでも催眠療法の可能性の大きさは比類なきものと言えます。

また、催眠療法は人間の意識できる意識だけではなく、意識できていない意識、潜在意識をも相手にしてるわけですから、しばしば常識では考えられない不思議な現象が生じたりします。それを意識できる意識の理屈だけで解釈することができないため、しばしばオカルトみたく怪しげなものとして映る場合もあるわけです。 ですが、それは以上の点から考えて必然といえば必然と言えましょう。 これはオカルトではないのです。

催眠療法はあなたの潜在意識に働きかけ、
あなたが望む現実を顕在化、顕現させます。

潜在意識はなぜセラピーに役に立つか?

潜在意識には、あなたが忘れ去った過去の記憶ばかりじゃなく、他にも例えば、かつての心身の状態も、保持されています。 それらは現在は潜在下に潜んで隠れてしまってはいても、決して失われて消失してしまってるわけではないんです。

もしあなたが以前は良かったんだけど、いつの間にかその調子が悪くなってしまった何かがあったとしても、以前の良い状態は決して失ってしまったわけではなくて、潜在下に潜んでいて、本当はまだ保持し続けている、ということです。 ここで言っているのは、かつての良かった時の状態の「記憶」、のことを指しているわけではありません。かつての良かった時の「状態」のことを指しています。

あなたが仮に今、うつ状態だったとしても、以前は普通に元気だったのではないでしょうか?

あなたが心臓病とか体に病気はないというのに、いつの間にか、電車に乗ると発作を起こすようになってしまって、電車に普通に乗れなくなってしまっていたとしても、
以前はそんなことを気にすることもなく、普通に電車に楽に乗っていたのではないでしょうか?

また、あなたは以前はプレゼンテーションなどの発表も好きで得意だったのに、何かをきっかけに人前で話す時に何故か頭の中が真っ白になって、何も話せなくなって困っていたりしないでしょうか?

また、お客さんにお茶を出す時に、いつの間にか、手が震えるようになってしまっていて、びっくりして脳の検査をしてもどこも異常がないとか、自分にお茶出す時は大丈夫とか、何とも解せない不調等々はないでしょうか。

さらに、電車とかに乗っていると、別に何も悪いことをしているわけでもないのに、人に視線を過度に意識して落ち着いていられないとか。

それとは逆で、自分の視線が周りの人に妙に向いてしまって変に怪しまれそうで困っているけど、どうにもならなくて悩んでいるとか。

何であれ、もともとはそもそも何ともなかったというのに、元に戻れない等々・・・

ですが、こうした状態になる前のあなたの健全な状態というものは、今なお、あなたの潜在意識に保存されているのです。 この意味がお分かりでしょうか??

そうした状態の「記憶」ならば現在のあなたの顕在意識でも覚えていることでしょう。 ですが、そうした状態そのものはあなたはもう既に失われてしまっていると思われていることでしょう。 ですがそれは決して失われて消滅してしまったのではなくて、今でもなお、あなたの潜在意識に保存されているのです。記憶だけでなく。(この場合、記憶はセラピーに重要ではありません。顕在意識も自覚して覚えていることですので。)

問題はただ、そうしたかつての健全な状態が顕在化してないということなのです。そして、顕在化してくれては困る状態が顕在化してしまっているので、この点が現実の世界で問題となっているということなのです。

ちょっとまとめますと、今のあなたの状態というのは、心身の調和が乱れた状態が顕在化してしまっているわけです。 ですが、以前の心身の調和がとれて問題なく過ごせる健全な状態というのも、あなたの潜在意識には今もなお保存されて残っている、ということです。 あなたの潜在意識は現在の状態だけではなくて、以前の状態をも保持し続けているということです。

あなたの潜在意識がいかにあなたにとって役に立つか、
いちいち考えるまでもないことがお分かりかと思います。
ですが、潜在意識を的確に使うことができなければ、せっかく今でもそこに相変わらずあるものも、ないのと同じになってしまいます。 あなたが必要としているのは、それ(あなたの潜在意識)をしっかりと味方につけて活躍してもらう療法なのです。

そして、催眠療法という療法は、そうした潜在意識に働きかけて味方につけ、あなたのあるべき状態を再び現在に蘇らせる療法なのです。

催眠療法はあなたの潜在意識に働きかけ、例えば、今ここで示したようなあなたの以前の健全な心身の調和を再び取り戻します。

それは催眠状態で行うセラピーだからこそ行い得ることなのです。
催眠療法はもちろんこれだけに留まる療法ではありませんが。

尚、念のために(再度)申し上げておきますが、潜在意識に働きかけて、クライアントさんを自然とその気にさせて操るものではありません

自律訓練法ではない

ところで、自律訓練法のことを催眠療法と勘違いされてる方もみかけます。 ですが、自律訓練法はたとえ役に立ったとしても、それは催眠療法では決してありません。 体を楽にして、手が重くなると言い聞かせてみたり、お腹が熱くなると想像したりしていると、ほんとうにそうなってくる、といった現象は、確かに体の状態をある程度制御する訓練にはなるかもしれませんが、それを超えるものではありません。

心理テストではない

また、催眠療法は心理テストでもありません。たとえば催眠中にあなたが答えたこととかを催眠後に振り返って、通常の状態のあなたと比較などして、あれこれと心理状態を半ば分析したり、ああでもないこうでもないと論じたり、何かを連想させたり、何を付け足す等すれば良いか等々のアドバイスをするといったものではありません。

プラシーボ効果ではない

また、人間にはよくプラシーボ効果というものがあります。 これは、どういう効果かというと、何も効き目のないニセ薬(もちろん毒物ではなくて、害もない小麦粉とかのことです)を、これは良く効くとても良い薬だよ、といって与えたところ、効き目がないはずのものが本当に作用して効いてしまう効果のことです。本来なら作用するはずのないものが、どういうわけか何故か作用して効果を出すことをプラシーボ効果と言います。 もしかすると催眠療法も医療じゃないんだから、こうした作用のし方で気の持ちようで、何らかの効果が出るものじゃなかろうか、と思われてる方もいらっしゃるかもしれませんが、催眠療法はこうした、作用とはとても言えない作用をして効果を出すようなニセ薬というようなものでもありません。

繰り返し言うけど・・・

こうして話してくると再び次のような事を叫ぶ声がどこからともなく聴こえてくるような気がします。 それはどういう声かというと、「腕が固くなって動かなくなるとかの催眠深度は浅い催眠状態なので、たいしたことはできないけれど、それがもっと深くなって、感覚や感情を支配できるレベルまで深くなると、その人の考えや行動を変えられるわけだから、その違いでしょ、要は催眠深度の違いでセラピーになるレベルとお遊びのレベルが違うわけでしょ。」と。

何度目かの繰り返しになりますが、それは違います。 催眠の深度はともかく、催眠状態でも人の感覚や感情を支配できるわけでは決してありません。 催眠に運動支配とか感覚支配とか、感情支配といった人を支配するとか操るといった力は何一つあるわけではありません。

それでもまだ、催眠というものは何だかんだ言っても、人をトランス状態というか一種のパニック状態に落としいれて思考回路を麻痺させることで、頭を真っ白にして抵抗できなくさせて、素直になったところで潜在意識に何かを刷り込んで、その刷り込まれたことが現実を変えてくれるんだ、なので、その刷り込まれる内容によって起きてくる出来事も変わってくるんだ、と思われてる方も多いかもしれません。

それ故、適切なことを刷りこめば望んだことが起こって、問題も解決するわけなので、それができるセラピストが、要するに、腕の良い催眠療法士さんだけど、なかなか世の中にはそうした腕の良い催眠療法士はいないので、そういう人を見つけるのが何よりも重要なのだと。 そして、中には刷り込む内容がとんでもないことを刷り込む人もいるので、注意が必要なのだと。 あなたもまだこう思われているでしょうか?

催眠療法とは、潜在意識に何かを刷り込むことでその方の問題を解決させる療法ではありません。 確かに潜在意識には十分に活躍してもらう療法なわけですが、潜在意識に何か外から圧力でも加えるようなことをするわけではありません。 潜在意識に何か言うことを聞かせるようなことをするわけでは決してないのです。

潜在意識はセラピーに役立てることができる、と申しましたが、それはそのままの意味で、それは決して、潜在意識を操作するとか、その目的のために思考回路をある意味麻痺させるとか、抵抗できなくさせるとかいうことではありません。

催眠状態でそういうことはそもそもできないのです。 → 催眠状態

それでもまだ、催眠深度が記憶を支配できるレベルまで深くなると、過去のトラウマを除去できたり、本人をその人の思い通りに変えることができるので、そこまでくると催眠療法ができるレベルではないですか?、と思われてる方は依然としているかもしれません。 というのも、過去の記憶を消せますか?、という質問はしばしば受ける質問だからです。

非常に深い催眠になると、ほんとうに人の記憶を支配できるんだと思われている方々がこの日本にはまだまだ大勢います。 ですが、それは間違いです。
 催眠状態

嫌な記憶は確かに忘れることができればスッキリすることはできるかもしれません。仮に催眠で、10分間とか一時的には場合によっては顕在意識からは記憶を忘れさせることができるように見えるかもしれません。 ですが、催眠ショーでやってるこの手の催眠は、そう見せかけているだけの実際はトリックで、ほんとうは、顕在意識からも記憶は消えてない可能性さえあります。

また、仮に顕在意識から記憶を一時的にせよ消すことができたとしても、潜在意識から消失して消えてしまうようなことはありませんので、なんかの際には記憶は出てくるのです。

話を本来の筋に戻します。 復習になりますが、心身が不調和な状態になる前のあなたの健全な状態というものは消え去ってしまったわけではなくて、今なお、あなたの潜在意識に保存されています。それはただ、潜在下に潜んでしまってるだけなのです。 

さあ、催眠療法とはそうした意味では、そうした潜在意識の中から、あなたが望む状態を引き出してくる療法、ということも言えるわけです。 そして、そのためには、暗示というものが非常に重要な意味を持つものと言えるでしょう。 そこが催眠療法の核の部分です。

念のため繰り返しますが、クライアントさんを自然とその気にさせて操るものではありませんし、また、自律訓練法でも心理テストやそれによる心理分析でもありません。

ですが、もしかすると、催眠療法というものをあなたは、表面的に次のように受け止めているかもしれません。

つまり;
催眠療法とは、「催眠状態で望む暗示を与えることでそれが実現される療法」だと。

間違った暗示の与え方

催眠状態で望む暗示を与えることでそれがほんとうに実現されるのか?
まあ、確かに大雑把に言ってしまえば、違うとも言えません。でも、多くの場合で、それは間違いだと言えるでしょう。

例えば、ダイエットをしたい人に、催眠状態に誘導して、そこで、「あなたはダイエットします。」とか「あなたは痩せます。」とかといった暗示を与えることが、正しい暗示の与え方というわけではありません。

これでは仮に、たとえいくら本当に催眠状態に入っていたとしても、暗示はあなたの潜在意識には伝わりません。

中には、暗示とは「刷り込む」もので、何十回も(何百回も)数多く言い続けると潜在意識に刷り込まれて、人間はいつの間にかそれに従うようになるんだと思われてる方もいらっしゃるかもしれません。あるいは、そうした暗示を与えることは古典的な催眠療法で、現代ではもう通用しないと思われているかたも多いかもしれません。

ですが、暗示とは、古典的とか現代的とかいうものではなくて、刷り込むものではありません。 本質はそんなところにはありません。暗示というものは、催眠療法の受け手が望んでいる状態を顕在化させるためのプロセスなのです。

問題が解決された状態を実現させるために、暗示というものはあるのです。ここをはき違えてはいけません。これは決して、解決された状態を言葉で刷り込んでそれが現実のものになるということではありません。

例えば、催眠状態に入っているクライアントさんに、「あなたはダイエットに成功しています。」といくら刷り込んでも、その状態がほんとうに現実のものになって現れてくるわけではないのです。

このような言葉では仮に、たとえいくら本当に催眠状態に入っていたとしても、直線的過ぎて、あなたの潜在意識には本当は必要なことが伝わらないからです。

例えば、あなたはオリンピックで金メダルを取ります、って暗示を与えたところで、その準備としてクリアーしておかなければならないことは膨大にあるはずです。 そうした土台となること、基本的なことをすっ飛ばした暗示というものは、単に空想上の事だけで終わってしまうものです。何となくそんな気になったなあ、何ていう作用とは言えない作用で終わるだけで、現実がそんなことで変化してくるわけではありません。

また、暗示というものは、このままの状態を続けているとまずい状態になるよ、というようなことを吹き込んで、そうさせなくするようなものでもありません。 たとえば禁煙したい人に、「あなたはタバコを吸うとむせますよ」、とか、「そのうち肺ガンになって死ぬかもしれませんよ」、とかと言って、それだったらタバコは我慢して吸わないようにしよう、と思わせるものでもありません。

ちなみに、「あなたはタバコを吸うと、むせますよ」だったら、ほんとうにタバコを吸ってむせて困るような状態だって引き起こしかねませんし、「そのうち肺ガンになって死ぬかもしれませんよ」だったら、肺ガン、と、死ぬ、という言葉が頭から離れなくなる可能性だって生じます。

まあ、もっともたいていは、こういうものは潜在意識が受け付けませんので、何事も起きないものですが、中には、その通りの結果が出る方々もいないとは限らない、ということです。

トラウマ解消がキー??

ここまで述べてくれば、暗示以上に重要なことがあって、それはトラウマを解消することだ、とおっしゃる方々もいらっしゃるかもしれません。

まあ、そういう場合も、決してないというわけではありません。 ですが、その前にまず、トラウマとは何かを曲解されて、そう仰ってる方々は世間には多く見られます。

トラウマというのは平たく言えば、強い恐怖などを伴って、心に大きなダメージを負うことです。 それは決して単なるストレスとかではないことはおわかりでしょう。

ですが、世の中にはよく、すごく嫌な出来事の事をトラウマと呼んでいる方々がいます。そうした嫌な出来事は、いくら思い出したくもない程の嫌な出来事であったとしても、それは、トラウマではなくて、(単なる)嫌な出来事、ストレスにしか過ぎないのです。

そうしたことの中には実はトラウマはありません。 ですが、それをトラウマだと主張するクライアントさんはおりますし、それをセラピー(?)中に退行催眠と称してわざわざ取り上げる施術士も後を絶ちません。
→ 間違った退行催眠の一例

ですが、それで、あなたがそれが原因だと考えている現在に起きている問題が解決されることはありません。 多くの場合、それはあなたが困ってる問題の原因でも何でもないからです。

あるいは、施術士が勝手に何かをでっちあげて、それをトラウマのようにして扱うという話も、多くのクライアントさんを通して耳にしてきています。
→ イカサマ催眠療法の一例

これら二つのおかしな例は、例外的な例と思いたいところですが、こうした類の例は実のところ、多くのクライアントさん達を通して数多く聞いておりますので、決して例外的とは言えない世の中に蔓延っている(間違った)手法なのかもしれません。

本当に強い恐怖などを伴って、心に大きなダメージを負ったトラウマならば普通、その瞬間の記憶は飛んでしまって(顕在)意識には残っていないものです。 ですので、日常的に覚えていて、もうあんな目には遭いたくない、とか、あの出来事が自分のトラウマになっている、などとは思うはずはないのです。

そんな恐ろしいことを覚えていては、とても心が耐えられなくて生きていけないので本能的に防衛して(顕在)意識から消去してくれてるわけです。

その出来事の全てが後々、何か支障をきたす原因になってくるとは限りませんが、中にはそれが原因になってその人の人生の支障となる問題を表出してくる場合も決してないわけではないでしょう。 そうした場合には確かに、(すべてではありませんが、)トラウマを探り出して、セラピーを行う意義はあるわけです。

ですが、たいていは、そうしたいわゆる記憶から飛んでしまったような恐ろしい出来事の記憶は、わざわざよみがえらせる意味などありません。 普通に考えれば分かると思いますが、それを覚えていては、とても恐ろしくて耐えられないからわざわざ潜在意識が(顕在意識から)消し去ってそれに襲われて押しつぶされないようにしてくれた記憶なのですよ。それはそもそも生命を守るために行われた防衛反応だったわけですよ。 いいですか、(健在意識の中の)記憶として覚えていたら危険だから忘れさせてくれた記憶なのですよ。 そんなものを復活させたら生命が危険というものです。そういうものからわざわざ離れさせてくれてたわけですからね、本能的な防衛反応で。 それをわざわざ(顕在意識に)復活させて考えられることは、まず第一に生命の危険にかかわりかねない程の、恐ろしくて耐えられないほどの心の状態の再現、ということが冷静に考えると見えてくるわけないのです。

おわかりでしょうか?? そうした記憶はうかつに復活させてはいけないのです。 そして、仮にそうした記憶を(たとえ催眠を使ってでも)よみがえらせようとしても、普通は何一つ思い出せないものです。 そりゃそうですよね。 本能的な防衛反応が働いて、思い出させてはくれないからです。

もし、そうした記憶を思い出すにしても、それには時期というものがあるものです。普通は、何かあからさまな問題としては現れてはこないかもしれませんし、普通、考える必要はないでしょう。 それなりの時期でないとタイミングではありませんので。 あなたの問題の場合も、今はそのタイミングではないでしょう。 と申しますか、それ以前に解決すべき問題が何かあるはずです。

また、逆に間違った退行催眠の一例で取り上げたような例では、こうした記憶はトラウマでもなんでもありませんし、また、その出来事がその人に重大な危機をもたらしているわけでもなんでもありません。 それは単なる、その人にとっての嫌な出来事だったということでしかありません。

確かに世の中には、消したい記憶があるのですが、記憶を消すことは催眠療法でできますか?、と言って聞いてくる方は時折います。 ですが、もう既にお分かりのように、そもそもそうした記憶はトラウマではありませんし、こう言っては気の毒かもしれませんが、単なる嫌な出来事であり、ストレスだったというだけのことです。

それがその方に何か危機的な状況をもたらしているわけではないということです。 そうしたことを、嫌だから逃れたいと日常思っていると、何かちょっとしたことがあるとすぐ現実逃避の習慣が身についてしまって、結果として問題はどんどんどんどん拡大してしまうことになりかねないでしょう。問題がそこ(嫌な出来事)にあるわけではないからです。

そうしたある意味、安易に記憶を消したいと考える方は、そうした自立したくないところにこそ問題がありそうです。

そもそも自分の勝手な都合で、これは不都合だから記憶から消えてもらいたい等々、と思っていると、えてして、いつまでもその記憶によってまとわりつかれるものです。

本当はその記憶が問題だというわけではないにもかかわらず、です。 ですが、それを問題視していると、様々な問題が派生してきます。

それは決して本来の問題ではありませんが、時が経てば、日常化して、対処し難い本当の問題以上の問題に見えてくるかもしれません。

催眠療法が作用しにくい人とか、そうしたこじれた問題というのは、こうした問題です。(何も記憶を消したい人がすべてというわけではありません。それは一例です。) その方の姿勢です。(体の姿勢ではありませんよ、念のため。)

ほんとうのトラウマの場合は??

さて、では、ほんとうのトラウマの場合は、どうしたってそのトラウマを解消させなければならないわけだから、その場合にどういう処置を施せば良いのか知りたいとおっしゃる方は多いかもしれません。

そう、中には解消すべきトラウマというものもあるものです。 ですが、その前にトラウマに触れる危険性を認識しておく必要はあるでしょう。 トラウマには確かに嫌な出来事というものも含まれるのは通常です。 先ほど説明してきたように、嫌な出来事がそのまま即トラウマになるというわけではありませんが、トラウマには確かに嫌な出来事どころか、死を伴いかねない恐怖さえ、伴う場合もあります。 では、トラウマに触れる危険性とは何でしょうか? それはもう今更言うまでもありませんが、その嫌な出来事や死を伴いかねない恐怖に触れてしまうことで、別にあぶり出したいわけでもないのに、それをあぶり出してしまうことです。

お分かりでしょうか? トラウマに内在する恐怖を増幅させてしまう危険性があるわけですから、うかつにトラウマの解消なんて行ってはいけないのです、もし本当にトラウマがある場合でも。

もっとも、死を伴いかねない恐怖など、そこまで本格的な強烈なトラウマの場合は、潜在意識は防衛本能で普通、思い出させてはくれないものですので、心配するような事態になるようなことは現実には考え難いわけですが、ある種微妙な領域へと入ってしまうことは極力、避けたいものです。

実のところ、非常に多くの問題というのは実際上は、たとえトラウマがある場合でも、(逆にトラウマなんてほんとうはない場合でも)、そのトラウマに触れることなくセラピーできる場合がほとんどなのです。 ほんとうにトラウマがある場合でも、そのトラウマにいささかも接することなく、抱え込んでいる問題というのは、解決可能なのです。 こう言うと全く意外に感じるかもしれませんが、これが実際なのです。

今、ここで似たようなことでちょっと一例をあげてみましょう。

たとえば、あなたが外出中、どこかで傷を受けたとします。身体的な傷のことですよ。でも、具体的に何時何分にどこで、どうやってその傷を受けたか、さっぱり気が付かなかったとしましょう。

もっとも、はっきりと認識できてる場合も多いかもしれませんが、今ここでは、知らないうちに、気が付いてみると、かすり傷のような傷を負っていたとします。

もしかすると何かにちょっとこすって、その時に擦りむいたかもしれませんし、もしかすると、何かの虫がちょっと刺したのかもしれません。 いずれにしても、ある種の原因不明の傷をいつの間にか負っていたとします。

たいした傷には見えませんでしたが、何故か心配になったとします。 それで医師に診てもらったとしましょう。 まあ、実際にはこうした状況というのは現実的ではないでしょうが、今話してる話はそういう問題ではありません。

医師はあなたに様々なことを聞くかもしれません。でも、いつ、どこで、とはくどくどとは聞かないでしょう。ましてや、その傷を与えた物質か何かとか、いつ、誰によって作られたもので、その人がどこで生まれたかなんて調べたりすることは絶対にないでしょう。

確かに傷が何によってできたものかは傷とかんけいあるにしても、上記のようなことは、傷とは関係ないことだからです。 さらに、何によってできた傷かも、どこまで重要なのかは疑問です。 もっとも毒蛇に噛まれたような傷とか、例外的なものならとても重要なファクターにはなりますが。

たいていは、その傷の生い立ちを調べなければ、治療できないというようなものではないでしょう。 木にぶつけて擦った傷でも、子供にひっかかれてできた傷でも、どうでも良いと言えばどうでも良いわけです。

医師が診ることは主に、その傷の状態です。それを診て、どういう処置をするか決めるわけです。 場合によっては、絆創膏を貼って、それで終わりかもしれませんし、その前に消毒薬をつけるかもしれませんが、処置の仕方は傷の状態を見て決めるわけです。

つまり、どういうことかというと、傷の原因はある意味、どうでも良いということです。例えば毒蛇にでも噛まれているわけでもない場合には。 その傷ができた原因をいちいち調べてる暇があったのなら、さっさと消毒するとか、するべきことはあるものです。

傷でなくたって、たとえばあなたが、インフルエンザにかかってるかもしれないと思ったので、内科医に診てもらったとしましょう。 その医師は、それがインフルエンザかどうかは検査するでしょうけれども、いつ、どこで、どのこ誰によってうつされたものであるかを調べようとする医師はいないでしょう。 そりゃそうです。 そんなことを調べ上げてもインフルエンザが治ったりするわけではないからです、いくらそれが原因だったとしても

するべきことは他にあるからです。

こうしたことと同様に、あなが抱え込んでいる問題、例えば、心臓病とかの疾病等がないにもかかわらず、いつも発作を起こすのではないかという不安感に襲われて電車に乗ることができない、とか、別に体重が増加したわけでもないのに体をまるで20キロのリュックを背負ったかのように重く感じて、体を動かすことができない、とか、何かが急にスランプになったように不調になって以前の調子がでない、等々、といったことの原因をあれこれ調べたって、何か意味があるというわけでは普通ありません。いくらそれが原因だったとしても

するべきことは他にあるからです。

それどころか、そうした原因(かもしれないこと)、トラウマかもしれないことに、一切何も触れることなく、問題を解決させることができる場合の方がむしろ、通常なのです。

ここがとても重要です。 たいていの問題の場合では、たとえトラウマがいくらある場合でも、そのトラウマに一切触れることなく、その問題となってるものを解決することができるのです。

トラウマが必ずしもないとは言いませんが、少なくともトラウマに触れる必要は、通常はないのです。

なにも、トラウマなんてどうでも良いなどと言うつもりはありませんが、ある種、心の傷を増大してしまう危険を伴うかもしれないトラウマに触れることなく、抱えている問題を解決できるものなのです。

するべきことは他にあるからです、そもそも

さて、では、そのするべきこととは何でしょう。

それは、問題が解決されている状態を出現させることです。

そう、たとえば、以前のように、いつも楽に落ち着いて電車に乗ってる状態を出現させることです。 電車に乗れないパニック障害とされるような方ならば。

たとえば、気分も和やかに、身も軽やかに行動している状態を出現させることです。 体も気分も重く、うつ状態にある方ならば。

たとえば、以前の調子を取り戻すことです。 スポーツなどでスランプに悩んでいる方ならば。

そして、その手段はトラウマがたとえある場合でも、そのトラウマの解消ではない、ということです。 ましてや、嫌な出来事をあぶり出すことではない、ということです。

下手なトラウマ解消は百害あって一利なしですが、上手いちゃんとしたトラウマ解消がたとえ必要な場合だったとしても、その前にやるべきことがある、ということです。

それが、問題が解決されている状態を出現させることです。

では、どうすれば良いのか?

何か長い時間をかけて、話が振り出しに戻ったような感じになりましたか??

話は冷静にお聴きください。

催眠で問題を解決する手段とは、何かを刷り込むような適切でない暗示を与えることではありませんし、トラウマ(的)な何かを解消するとかいう傷に触れるようなことが主体にあるわけではない、ということなのです。

はじめに戻って振り返りますが、催眠療法は潜在意識に働きかけて、あなたの健全な状態をそこから引き出してきて、それを顕在化させて現在に安定させる療法です。

以前の健全な心身の調和している健全な状態を取り戻す、といった直接的な目的の場合ならそうしたことを行うわけです。

もっとも、これだけに限った療法では決してありませんが、どの問題でも、あなたの健全な状態は(少なくても)第一に顕在化させておく必要があります。

このためには、下手な暗示で何かを刷り込むようなことでは、これが実現できないということです。 トラウマがたとえあったとしても、それに触れる必要なんて、そもそもない、ということです。 ほかにも様々述べてきました。

それを、長い話になりましたが、かみ砕いて詳しく説明してきました。 というのも、多くの人が誤解して何か始めから勘違いしているからです。

でもまだ、他にも何か勘違いされている点はありそうです。

さきほど、「問題が解決されている状態を出現」と述べましたが、こう言うとあなたはもしかすると、「じゃあ、解決されてることをイメージすれば、良いのでしょう」と思ってしまうかもしれません。

ですが、いくらイメージしても、それが現実になることはありません。 催眠療法を受ける側は確かに、想像力は大切ですし、想像力が全くなければ、前提となる催眠そのものにも確かにかかり難いものです。

ですが、催眠療法はイメージ療法ではありませんし、それが問題を解決することは普通はありません。

例えば、あなたがもしダイエットしたいなら、10キロ痩せて、細身のスリムな体になったところを想像してみてください。毎日毎日それをイメージしていて、果たして痩せたでしょうか?? あなたの望む状態は出現してきたでしょうか??

もし、それで痩せたのでしたら、あなたには催眠療法は必要ないかもしれません。 きっとご自身で、ご自分の問題は解決できることでしょうから。

また、あなたがもしお金持ちになりたいなら毎日毎日、年に1億円稼いでるところをイメージしてみてください。 それであなたは年間1億円稼ぐことができたでしょうか??

もし、それであなたがそれを成就できたのでしたら、あなたも、きっとご自身で、ご自分の問題は解決できることでしょう。

イメージしたら、そのことが現実になって表れてくるのでしたら、すべてはイメージだけで解決できることになります。 通常、イメージしたものは、それは現実には起らないものだと認識されて定着してしまいますので、ほんとうに単なるイマジネーションの世界で終わってしまうのです。

ちなみに、私に関していえば例えば、博士号を取得するにあたって、その場面をイメージしたことなんて一度もありません。 ですが、この学位を取得するために、催眠療法を使ったのは紛れもない事実です。 いえ、誰かから催眠療法をわざわざ受けたというわけではありませんよ。 自己催眠を使ったわけです。

「自己催眠を用いて博士号を取得した」なんていう表現は大袈裟な表現になるかもしれませんが、催眠は不可欠でした。 ですが、それは決してイメージしたというわけではありません。 願望実現にイメージは役に立ちません。

スポーツなどでも、熟達したアスリートでもない限り、いくら上手く行ってるところを毎日毎日頑張ってイメージしても、何ら上手く行かないのと同じ理由です。

もしそれで上手く行くのなら、その方法、イメージを使う方法で、たいがいの問題もこれまで解決してきてることでしょう。

ダイエットできて、スラっとした細身の体になって人の注目浴びる場面をイメージして痩せることができたなら、あなたもその手法を使えば良いでしょう。

催眠療法はイメージ療法ではありませんし、いくらイメージが上手くできたからといって、それが現実になることが普通はありません。

それでも私は自己催眠で学位(博士号)を取得したのです。 ただし、私は自分にノーベル賞をもらう自己催眠をかけたことはありません。

もし、そうすればどうなるか??

おそらく、それは催眠療法にはならず、単なるイメージになるだけかもしれません。

催眠療法にいくらイメージ力は大切だと言っても、イメージすれば成就するなどというものではないわけです。 柔道に受け身は大切だと言っても、受け身ばかり熟達しても試合に勝てないのと同じです。

イメージではどうにもならないのです。 催眠療法とは、そんなものではありません。

また、もしかするとあなたは、性格の問題がキーなんだと感じているかもしれませんね。

たとえば、ダイエットを続けることができないのであれば、それは、何事も最後まで継続できないというその性格を改善して、最後までやり抜けるような性格に改善できれば、ダイエットも楽に上手く行くとか・・・

性格を改善して明るくなれば、誰からも好かれるように変身できるとか・・・

そうした性格を変えることが、(何故か)あなたが現実に困っている心身の不調和な状態を解決するキーだと思って、それを催眠療法に求めている、なんていうことはないでしょうか?? そうでなくても、ただでさえ性格を変えたい、何とかしたいと言って催眠療法を求めてくる方はいますし、催眠で性格を変えることはできますか?、なんていう問い合わせもあります。

ですが、そういうことではありません。 性格はこれまでのあなたの全人生をかけて培われてあなたに備わっているものです。それはあなたの集大成です。 長年と申しますか、全人生をかけて定着したものです。それは非常に強固です。

それは、いくら催眠療法といえども、普通、変えることはできません。 しかもそれがあなたのもともとの気質だとしたら、それは潜在意識のレベルというよりは、もっと深い無意識のレベルに近いことでしょう。 それはあなたの持って生まれたものです。 それは余程の事でもない限り手をつけることはできません。

それにそもそもが、問題解決には普通、関係ありません。 催眠療法は人間を別人に変える魔法ではありません。

人(人格)が変わったような性格にすることが催眠療法というわけではないんです。

基本的にあなた自身は何も変えるところはありません。 変えるところはあなたの本体では決してありません。 変えるところは顕在化してどこかに不調和を起こしている状態です。 これは(そう見えてるかもしれませんが)あなた自身というのではなくて、一つの部分、いえ、一つの状態に過ぎません。

あなたに必要なことは、調和している状態を顕現化させることなのです。 (これまで言葉を変えて何度も述べてきてますが。)

これは別にあなたをまったく別の人間にすることではありません。

先日も九州から、役所の窓口で何か書くとか、ホテルでチェックインする時とか、人前で何かを書くときに手が震えてきちんと書けない(書けなくなった)、というクライアントさんがお見えになりました。

施術する前に初対面の私の前でちょっと何か書いてもらってみたところ案の定、何か強張って、きちんとは書けてはいませんでした。 以前はそんなことも取り立ててはなかったということでしたが、施術を終えてその場でまた書いてもらったところ、今度は普通に読める字になってました。 8割方以前の状態でかけた、ということでした。

だからと言って別に人が変わったように何かが変わるわけではないのです。 ご本人は受ける前は、まるで生まれ変わったように変わるかのように思っていたけど、(それ以外)何も変わってないということで、意外だったと仰っていました。

その方は比較的年配の方でしたので、それを聞いて私は、そうなのか、一般には、なにもかにもが全く別人のように生まれ変わってしまうとでも何故か思っている人が多いのか、と思ったものです。

あなたはあくまでもあなたなのです。人が変わるわけではありません。(表情が変わることと人が変わることとは違いますよ。)

元気に遊んでいるあなたも、お腹をこわしてピーピー下痢しているあなたも、同じあなたです。 どっちもあなたです。 見かけ上は違って見えるかもしれませんが、別に人が変わったわけではありませんし、それで性格が変わったわけでもありません。

そう、性格も問題解決に当たって、本質的なことではありません。

人はよく、自分はもっと明るい性格だったり、自分がもっと容姿が良ければ、恋人もできて、理想の相手も見つかって、素晴らしい人生になってるのに・・・、なんて思いがちですが、それと問題解決とは関係はありません。

問題が解決したからといって、人が変わったようになるわけではありませんし、性格がたとえ変わったところで、問題が解決するわけでもありません。

ましてや、気質となるとなおさらです。

そうしたものはたとえ幼少期のころに形成されているものだったとしても、その後のあなたの今に至る全人生に渡って、長い年月をかけて築き上げられてきたものですから、催眠療法をもってしても変えることはできません。

それはあなたの今の人生で潜在意識に最も深く刻み込まれているものですから、あなたの生命に関わることになります。

もし変えるとするならば、それは、あなたの性格ではなくて、心です。 別に僧侶になって修行しなければならないわけではないにしても。

そして中には本当に心を入れ替えなければどうにもならない人も稀にはいるものですが、多くの場合は、何も心を変える必要はありません。あなたはあなたのままで良いのです。

普通は、変えるべきはあなたの癖や心ではありません。 あなたの潜在意識の中から健全な状態を顕在化させる点です。 何度も繰り返し述べてきてることですが。

でも、ここまで読んできてあなたはすっかり混乱してきましたか??

まださらに混乱させてしまいそうですが、話を続けます。

二つの手法??

多くの方は、催眠療法には暗示を与えることでそれが実現される暗示療法と、前世療法などの退行催眠によるトラウマの解消などの、大きく分けてこの二つの技法があると思われている節があります。

そして、後者は癒しがもたらされると思われているため、人気は高いようです。 ヒプノセラピーといえば、それは前世療法のことだと思われている方さえいるほどです。

ですが、このどちらの場合についても、これまで説明してきた通りです。

話が長くなってきておりますので、念のため、今ここで振り返っておきます。

まず、(極論ですが)、トラウマなんていうものはそもそもありませんし、暗示にしても実は、刷り込むものではありません。

当サイトでは詳しく説明するつもりで書いてきてますが、その分、解りにくくなってる感は否めないかもしれません。

もし、当サイトで前の方に戻って読み返しても、どうしても要領が掴めないという場合は、私の従来からのサイトをいったんご覧ください。 最近トップページを改定して、そこで上手く直感的かつ論理的に分かりやすく書けましたので。) そして、必ずこのページに戻ってきてください。

→ 私の従来からの催眠療法サイト

カウンセリング

ちょっと話題を転じて、催眠療法とは一見関係ないように見えることに今、目を向けてみることにしましょう。

それは、催眠を使わないカウンセリングです。 カウンセリングは薬を使うわけではありませんので、体に副作用もなく、ただ対話しているだけで物事が自然と解決して行くものだと思われている節もあります。

カウンセリングをそれまでどこかで受けたという方もこれまでお見えになってますが、皆さん異口同音に、自分がしゃべらされるだけで、カウンセラーは、ただただうなずくだけで、何一つ変わらなかった、と仰ってました。

ほとんどのところでは、そうしたカウンセリングとはとても呼べないレベルのことしかできていないのかもしれません。

精神科医の先生が、カウンセリングについてやさしく説明してる動画を見つけましたので、ここにあげておきます。 尚、この精神科医の先生は当サイトとは一切関係はありません。

この中でこの先生は、ハッキリと、次のようなことを述べています。

  • 「なんでこんな苦しい思いをしなければいけないんだ」という感想が一番多い。
  • カウンセリングは非常に苦しい。心の外科手術。すごく大変。
  • 相当苦しい体験をしないと治っていかないので、多くの人は脱落してしまう。

それが(まともな)カウンセリングというものが一般に困難な所以なのでしょう。脱落者が多い所以なのでしょう。

なにしろ、ちゃんとしたカウンセリングを受けるならば、こうした苦痛を伴う心の外科手術を覚悟しなければならないからです。

ですが、私の(催眠療法の)観点から言わせていただくならば、それは潜在意識がそこに不在だから(苦痛を伴う必要性が生じてしまうん)だよ、ということになります。

この意味はお分かりでしょうか??

一般のカウンセリングでは、クライアントの顕在意識と対話をするわけですが、その状態で通常、潜在意識は眠ってますので、潜在意識が活躍する場はありません。 いいですか? 顕在意識よりもはるかに大きな働きを掌ってるとされる潜在意識が不在なのですよ。

さて、では催眠中にこうしたカウンセリングを行うことが催眠療法なのかと、もしかしたらあなたはそう考え始めているかもしれません。

ですが、それは違います。 潜在意識の活躍の場は催眠状態になればその場ができるというわけではありません。 潜在意識は催眠中、アクティブにはなりますが、それだけで潜在意識が活躍してくれるわけではありません。

あくまで普段の意識状態で行うこと(カウンセリング)を催眠状態で行ったところで、催眠状態でこそ働いている潜在意識に活躍してもらう場があるというわけではないのです。 ここを勘違いされてはいけません。

催眠療法とは、潜在意識に活躍してもらう手法なのです。 これは単に潜在意識に働いてもらえば良いというわけではないんです。 いくらそれで幼少期の記憶を思い出したところで、いくらそれで前世の記憶を思い出したところで、それがそのまま直接、セラピーになるというわけではありません。

問題はどうすれば、潜在意識に活躍してもらえるか、なんです。

これが適切にできれば、心身の不調は元の健全な状態に戻せますし、それ以外の問題も解決の糸口が見えてきます。

そして、私はその手法は私から催眠療法を習う方に、研修の場で伝授しています。

そして、その技は、「具体的には」残念ながらこの場では書くことは
無理というものです。
別にこれはもったいぶっているわけではありません。
数百文字や、数千文字、数万文字、そうしたパッと読めてその場で理解できるものではないからです。

それは、それまでに至るたくさんの幾重にも積み重ねられた学びと研磨があってこそ、
肌で伝え得るものだからです。(変な意味でないですよ。) 一種のラポールがあって伝授は成り立ちます。 信頼関係程度ではそれは無理なのです。

 

研修の場で伝授しているとはいえ、
あくまでも、その段階まで到達した方に、です。

別に条件をつけているわけではありませんが、
その核となる部分を伝授するに際しては、
段階には順番がありますので・・・

ましてや、今ここで、数百文字、数千文字、数万文字では
とても書き表すことはできないのは想像に難くないでしょう。

それにそもそも催眠療法を受けるに際しては、必要ないことですからね。

もちろん、あなたは、ここまでこのサイトを読んでくる中で、
他のサブページも含めて、何万文字という文章を読んできているので、
ここであと、数千字程度の文章を読めば、それで理解できるところまできていると、
思われているかもしれません。 仰ることは分かります。

もう、これまで、あれは違う、これも違う、
ああでもない、こうでもない、
勘違いばかりみんなしてる、と聞いてきたので、
もう、いいかげん、分かってるよ、と仰るかもしれません。

ですが、詳細を具体的にお伝えすることは、やはり無理というものです。
クライアントさんは百人百様ですし、
それぞれの方には実は異なったアプローチがあります。

それらを具体的にお伝えしても、
現実には単に表面的な事柄しか伝わらないでしょう。

最も端的に表している言葉が、「潜在意識に活躍してもらう」という表現でした。

実のところ、この表現がふと浮かんできて、
これで手短に催眠療法のことを直感的に分かりやすく伝えられると思ったので、
従来のホームページのトップページを書き改めました。
→ 良い催眠療法のページ

そして、上記のサイトでも触れなかった実は見落とされがちなことがありました。
それはカウンセリング、と申しますか、ある種の分析でした。

ご承知のように、催眠療法は精神分析ではありません。
ですが、セラピストに分析能力が必要ないなんていうことではありません。

いくら分析しても問題は解決されるわけではない、
そんなことやってる暇があるならば、
潜在意識に活躍してもらって、問題を解決したほうが早いのです。

お分かりでしょうか??

ですが、そうは言ってもやはり、分析能力は必要なのです。
ちなみに、必要ないのは分析できないことを、あーですこーですと決めつけることです。

今、ちょっと話が横道にそれますが、よく世の中には、こうこうこういう人は、(本質的に)こういう人で、こういうことが原因になっている、なんていった調子で実に短絡的な、とても分析とは言えない一種の分類みたいなことをしてカウンセリングと銘打ってアドバイス等々をする人たちがいます。

普通に考えれば、そんな理屈が成り立つはずはないでしょ、と言ったようなことをまことしやかに述べて、それを信じこませるカウンセラーのことです。

困っている相談者、悩んでいる相談者の方々というのは、ある意味、冷静さを失っていますので、そんな理にかなわない理屈でも、得てして信じちゃうもののようです。

今、私が言っている分析とは、そんなデタラメな分析のことを指しているわけではありません。 念のため。

さて、ある時、私のもとに、子供をつい虐待してしまうので困っている、という女性からセラピーの依頼がありました。 なんでも、そのご本人も幼い時に母親から虐待を受けていたんだとか。

これはよくある親子連鎖虐待、といった感じでしたので、その連鎖を切るセッションが必要とされました。

連鎖を切るというようなセッションは、(セラピーの常識ですが)、連鎖に焦点を当てるものではありません。 とりわけ、「連鎖」という言葉を催眠中に用いることは論外です。

要は、虐待しないで親子仲良く暮らす状態を実現させてそれを安定させれば良いわけです。そしてそれは、(当方の)催眠療法では普通にできるわけです。 そこにわざわざ根掘り葉掘り、何かを探る必要なんてないものなのです。 具体的には、なぜ子供に手を出してしまうのか、とか、その人がそのお母さんから虐待を受けていた理由は何だったのか等々をいちいち探りあてて、いわゆる心の外科手術なんかをする必要なんて別にありません。 辛い想いをする必要なく、解決は図れるのです。 と申しますか、たとえ心の外科手術を行ったところで、既に習慣化してしまってる虐待の習慣が心の外科手術で変わるわけではありません。 習慣の力というのは潜在意識に影響を及ぼすほど強力なものですから。

で、そうしたつい子供を虐待する習慣は、別の習慣、親子仲良く暮らす習慣に戻すことができるわけです。 それがしっかり潜在意識に活躍してもらえる催眠療法のなせる技です。

さて、この方の場合、どうせだからと思って、彼女のお母さんが彼女を幼い時(に限りませんが)に虐待していた理由を探りに退行してみることにしました。

さて、そこに現れてきた場面とはどんな内容だったとあなたは思いますか?

実は、その時は最も浅いレベルでの原因、理由を物語る直接的な場面が出てきました。

幼い頃に、お母さんが、自分よりもいとこ、つまり、お母さんから見て、甥や姪の方を可愛がっていた、という場面でした。

その幼い自分は、自分が何悪いことをしたのか分からない、ということでした。 また、その場にお父さんはいなく、もっと小さい時に両親は離婚していた、ということでした。(この事実は別に隠していたわけではなかったのでしょうけれども、前もっては言ってくれてはいませんでした。)

さて、これを聞いてピンとくるものがありました。 それはとても現実的な問題でしたので、催眠を解いた後でそのクライアントの方に説明しました。 案の定、彼女は自分自身では何一つ気がついてはいませんでした。

ですが、私の説明を一通り聞き終わったとき、その内容にはとても納得して腑に落ちるものがあったと言います。

さて、それはどういう説明だったでしょうか?? 別に難しくも何ともありません。 普通に、別に誰かから言われなくても分かっていても何ら不思議でも何でもないことでした。 ですが、彼女も彼女の旦那さんも、それまで一切考えもしなかったことでした。

さて、その内容とは、一見して私には見えたことでした、この方に関して。
それは、このクライアントさんのお母さんはこのクライアントさんと離婚した旦那さんを直結させていた、ということでした。 つまり、お母さんにとってはこのクライアントさんを見れば直接的に別れた元旦那を思い起こさせる存在でしかなかった、ということです。 成り行き上、娘は引き取ったものの、母親としての愛情なんてそもそもなかった人だった、ということです。 お母さんにとってはこのクライアントさんは見るのも嫌な存在だった、ということです。 元旦那を思い出させる、というだけの理由で。

一言で言って、原因はクライアントさんにあったわけでも何でもなくて、ましてや、何か悪い行いをしていたとかいうことでは全くなかったのでしょう。 問題はすべて、愛情のない母親サイドにあったのです。 本人はそれに何一つ気がついてはいなかった、というだけで。

このクライアントさんのお母さんは、自分の娘、このクライアントさんを見れば、考えたくもない別れた元旦那を思い出してしまうので、反射的に辛く当たっていた、ということだったのです。 私がこのことを彼女に告げた時、彼女も荷が下りて、何だ、そういうことだったのか、と、あっさり納得が行った、と言いました。 それでそれまであれこれ悩んでいたことは解消され、自分が悪いことをしていたわけじゃなかったし、そもそも悩むようなことでは全然なかったんだと、認識を正すことができた次第でした。

この分析は、このクライアントさんに成り立ったことでしたが、他の似たような状況にある人にも成り立つというわけではありません。 クライアントさん一人ひとり、状況判断は異なります。 各々の特性を良く把握して判断はなされなければなりません。 もっとも、似たような状況の人であれば、似たようなことが言える場合も当然あるわけですが、それは一般的に成り立つことではありません。 ここを短絡的に何でも同じように処理するのは素人でしかないわけです。 百人百様なのが実際のところですし、各々について分析できなければスタートラインにさえ立てていないセラピストでしかないわけなのです。

さて、私のこの指摘でこのクライアントさんは、これまでもやもやしていたものが吹っ切れて、肩の荷も下りたわけですが、これができれば催眠療法は別に必要ではなかったのではないですか? と、もしかしたらあなたは考えてしまってはいないでしょうか??

吹っ切れて肩の荷が降りれば、それで問題が解決されるのでしたら、それはそう言えるわけですが、残念ながら、これだけでは、強まりつつある子供への虐待の習慣にブレーキがかかってくれる、というわけではないのです。

繰り返される習慣というものは一般に、それが繰り返されるたびごとに、それが長い期間続けば続くほど、その状態というものは安定化して定着し、さらにその定着は強固なものとなっていってしまいます。 その時点で何かに気が付いたからといって、それでその習慣までもが変わってくれる、というものでは残念ながらありません。

何か重要なことに気が付いて、それで肩の荷が降りれば、それが即、問題を解決してくれるわけではない、という事実は、そうしたところに起因します。

身についてしまった虐待の習慣は何らかの手法で解決されなければならないわけなのです。 どういう場合であるにせよ。

そこが催眠療法がまず第一に必要とされる所以なのです。 これを抜きに虐待の習慣から抜け出て、家族親子仲良く過ごす習慣を身に着けることは非常に困難だったのです。

言っていること、わかりますでしょうか??
催眠療法を使わない分析、カウンセリングを行って、ある重要な事柄にふと気が付いてクライアントさんの肩の荷が降りて非常にすっきりすることも大切なことではありますが、それだけで、その方が苦しんでいる日常的な習慣的な状態までもが改善してくれるわけではないので不十分だ、ということです。 どっちにしても、それを解決するには催眠療法が必要だということです。

セラピーにあたっては、どっちにしても必要なものですので、そもそもの始めから、これが第一選択肢としているのです。

ところで、この第一選択肢としている催眠療法の中には、トラウマ解消と称する退行催眠は言うに及ばず、原因を突き止めるための退行催眠をも含まれてはいないことに、賢明なあなたは気が付かれていることと思われますが、いかがでしょうか??

そう、原因なら、普通の聞き取りでも判明したことでしたし、トラウマをほじくり返す意味はどこにも存在しないわけなのです。

以上にて、セッションは終了と言える次第なのです。

さて、ですが、この方の場合、次のセッションの時に退行催眠を行いました。

さて、それはなぜだかあなたにはお分かりになりますか??

念のために断っておきますが、もちろんそれは、相談にあった虐待の原因を突き止めるためではありません。

では、どういう退行催眠で、それは何のために行ったのでしょうか?? ちょっと考えてみてください。

その退行催眠で探り当てようとしたのは、もちろんお母さんの虐待に遭うようになったその原因です。 一体全体、何があったから、そのクライアントさんはお母さんから虐待に遭うような事態が起きる結果になったのでしょうか??

もちろん、そのクライアントさんは、その時はもうすでにお母さんとは独立した生活をしていたわけですし、何かお母さんから影響を受けてしまう生活をしていたわけではありませんでしたが。

どうせですから、その原因を探り当てて、今の人生の今後に役立てたほうが良いと考えたから、行ったわけです。

さあ、もちろん、現生的な意味での原因なら既にわかっているわけですから、今生での退行催眠を行ったわけではありません。 勢い、前世への退行催眠でないと、「新たな(?)」原因を探し出す意味もないというものです。

さて、その人生で出てきた登場人物とは誰だったでしょうか・・・?? ちょっと考えてみれば、当たり前と言えば当たり前の人物がそこには登場していました。 そう、その登場人物とは現生でそのクライアントさんを幼い時に虐待していた、その実のお母さんでした。

では、その人生でも今の人生と同じように彼女はお母さんから虐待等々を受けていたのでしょうか??
そういう人生だったから、今生でもそれを引きずって、虐待を受ける原因となってでもいたのでしょうか??

その人生での記憶を思い出してもらうため、さまざまな質問を試みましたが、なかなか出てくる記憶がなく、なんとなく苦しそうな気配を感じたので、その人生のことをそれ以上思い出させることはやめて、その日のセッションは終了となりました。 終了と言っても、もっとも、幼い子供たちに手を上げることなく、親子仲良く暮らしている状態を安定させる(本来の意味での)セラピーは十分行った上でのことではありますが。

さて、何やら思い出しそうな記憶は、はっきりとはしないものの、何かあるのははっきりわかりましたし、その記憶はそのクライアントさん本人にとって決して心地の良いものとは決して言えないようなものでありそうなのも分かりました。 その記憶をほじくりかえしたり、あぶりだして再体験させることは、かえって害になることは、これまでこのホームページを熟読してきているあなたにとっては、敢えて説明する必要はありませんが、そこに、原因のさらなる原因が潜んでいることが容易に想像ついたことと思われます。

さあ、その原因のさらなる原因を探り出すことは、直接的には現在抱えている自分の子供に手を上げてしまう、という問題に関係あることではありませんし、それが親子仲良く暮らすことを安定させることにも直接関係することでもありません。 ですが、原因の原因なのですから、より本質的な原因ということも言えるわけです。 言葉を替えて言うならば、本人が決して認めたくない何かがそこにあるから、思い出すことを避けてしまう何かがあって、苦痛を伴うわけです。 つまり、それはある種のカルマの類だということです。

 

 

(記事途中です。)